2011年6月9日木曜日

1.「万葉」は「万の言の葉(よろづのことのは)」か「万世(よろづのよ)」か?

[新日本古典文学大系 万葉集一](参考文献3)の冒頭に以下の記述がある。

鎌倉時代の仙覚は、「万葉」を「ヨロズノコトノハ」(万葉集仮名序)とした(仙覚「万葉集注釈」)
契沖は、「仙覚の説をさらに詳細に述べ」「此の集万世マデモ伝ハリネト祝テ名ヅケタルカ」(契沖「万葉代匠記」[精選本])と説いた。

参考資料3では、以下のように結論している。

「何何集」とは、「何何」を「集」める書物という意味である。したがって、「万葉集」は、「万葉」を「集」めたものである。「万葉」を「万世(よろづのよ)」という契沖の説は、明確に否定されるべき。ただし、「万葉」を「万世」と理解し、「万世の作品」を含意するものとした上で、万世の古(いにしえ)より伝わった歌を集めるもの、あるいは、永遠に伝わるべき不朽の名作を集めるものという解釈が、なお可能である。

ここでは、「万葉」は「よろづのことのは」と「よろづのよ」を掛けて、両方の意味を持たせて使われていると理解する。

さらに、「よろづのよ」には「万葉集」編纂以前の時代をも含み、「万葉集」は「後世を含め、身分を問わず、あらゆる時代のすぐれた歌を集め、「倭(やまと)の精神遺産」の記録としての歌集」との意味と希望をも持たせたものと理解したい。

その精神があるからこそ、巻一・巻頭歌の「雄略天皇の歌」が採用されたのではないか?

この歌の前半部分は、民謡として残っていた部分を、編者が権力者の立場を立てて「天皇」の歌の前半として掲載したが、その背景には「倭(やまと)歌」の源泉の一つである民衆に受け継がれた歌を、正当な評価と尊敬をこめて冒頭歌の前半部分に採録されたものと理解したい。

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2010年3月27日土曜日

福沢諭吉と航空幕僚長

 wikipedia

1万円札の肖像の主・福沢諭吉と
自衛隊幹部として憲法を否定した前航空幕僚長・田母神俊夫氏

この愛すべき2人には、共通点がある
その発言を見てみよう

福沢諭吉: 
「金と兵は有る道理を保護するの物に非ずして、無き道理を造るの器械なり ・・・
本編(1881年「時事小言」)立論の主義はもっぱら武備を盛んにして国権を皇張するの一点にあり。 事情切迫におよぶときは、無遠慮にその地面(アジア諸国)を押領して、わが手をもって新築するも可なり」(福沢諭吉全集第5巻108ページ~)

田母神俊雄前航空幕僚長:
「核兵器を持たない国は核兵器を持った国に最終的には従属させられることになりかねない」
(2008年11月28日付産経新聞インタビュー)

(参考)
田母神氏、核武装の必要性に言及 産経新聞で

 歴史認識に関する政府見解を否定する論文を発表して更迭された田母神俊雄・前航空幕僚長が28日付の産経新聞のインタビューで「民主主義だったら核武装すべきだという意見もあっていい。核兵器を持たない国は核兵器を持った国に最終的には従属させられることになりかねない」と述べ、日本の核武装の必要性に言及した。

 日本は唯一の被爆国として非核3原則を堅持しているだけに、前空自トップが核武装を求めたとも取れる発言をしたことは、近隣諸国に懸念を与えかねないほか、文民統制(シビリアンコントロール)の問題もあらためて問われそうだ。

 これに関し河村建夫官房長官は同日午前の記者会見で「退職した人の発言にコメントする立場にない。それぞれ言論の自由は保障されている」と述べるにとどめた。

 インタビューで田母神氏は「北朝鮮が核兵器を持ちたがる理由は1発でも米国に届く核ミサイルを持てば、武力制圧が絶対できなくなるから」と指摘。その上で「核兵器の基本が日本では議論されたことがない。核兵器を持つ意思を示すだけで核抑止力はぐんと向上する」と強調している。
2008/11/28 12:13 【共同通信】

2009年10月18日日曜日

福沢諭吉は、2009年に何と言うか?

諭吉が2009年の現代に生きていたら、彼は何というだろうか?

◆日本における戦争責任意識が、歴史を正確に反映するまで成長したとき、その時こそ日本は国際社会で尊敬を受けることができる.

◆そのためには、国民の主権者意識(民主主義)が、十分に成熟することが必要である.

◆これに成功しなければ、日本は「カネ」のために自分でつぶれることになるだろう.

◆私は、十五、六歳のころ、「何になりたいか」と兄に聞かれて、「日本一の金持ちになりたい」といった(「福翁自伝」).
  • 金持ちになるためには、国民をだまして「金と命を出させて、近隣諸国の領土・資源・労働力・文化財を奪うことが必要だ」と考えた.
  • そのためには、教育と報道で世論をつくることが必要であった.教育では慶応義塾を、報道では時事新報を創設した.
  • そして台湾・朝鮮半島・中国全土を植民地化するためには、戦力を持ち、「国権を皇張すること」が必要と宣伝した.(1881「時事小言」)
  • それが成功して、日清戦争(1894-1895)では、台湾の植民地化を達成し、同時にそれを報道した「時事新報」の発行部数を伸ばして、「金持ちになる夢」に大きく近づいた.
◆日清戦争は、台湾の植民地化、日露戦争、朝鮮の植民地化、関東軍による謀略からスタートした対中侵略15年戦争、さらに太平洋戦争へと進み、1945年には第1回の破綻を見た.

◆この破綻では、天皇は「ここに国体を護持し得て」と天皇制維持の希望を出し、連合国の主力・アメリカの占領政策で、天皇制とその官僚思想と制度が維持された.

◆戦争責任のアイマイ化と、天皇を利用した財界と米国の2つの力が2009年までは自民中心の政治として、国民を支配してきた.

◆2009年、そのシステムは壊れたが、その後の展開はまだ見えていない.(注)

◆しかし、その明治以降の矛盾の積み重ねは、数年後の財政の破綻により、最大の悲惨さともないながら、終わりとなるだろう.日本は、終わりを乗り越え、新しい道に進みはじめるだろう.

(注)その後、2010年5月現在、以下の発展がありました。 
①民主も、消費税増税・米軍基地容認で自公と同じであることがわかった
②現時点は過渡的な段階であり、国民が政治をどう前に進めるかにかかっている

私(福沢諭吉)は、「暗に政府のお師匠様」であった

1897年8月22日「時事新報」(社主・福沢諭吉)から 

「王政維新の前後に日本国中の人が専ら老生の著訳書ばかり読んで文明の新知識を得たるは紛れもなき事実にして、或いは維新政府の新施設も拙著の書を根拠にして発表したるもの多く、暗に政府のお師匠様たりしことは、故老の忘れざるところなり」(福沢諭吉全集第20巻)

その諭吉は、天皇制について「愚民を篭絡するの一欺術」といっています.(全集第5巻)

また、「馬鹿と片輪に宗教、丁度よき取り合わせ」といっています.(全集題20巻)
東京招魂社が、靖国神社になったころです.

「日本は天皇を中心に歴史が作られてきた. 
国が強くなることが大切、近隣諸国の領土・資源・労働力・文化遺産を奪いとれ.

天皇のため、国のためには、『カネ』も出せ、命も出せ!
死んだ後には靖国神社がある」 

諭吉は、国民を馬鹿と見て、これをだまして税金と命を取る、そのダマシのシステムが天皇制と靖国神社だと考えていたのでしょう.

真に賢い師匠でした.
今の日本も、その師匠を一万円札の肖像として、毎日拝ませています.

ダマス者が賢く、国民は愚民!
それが、日本の伝統と文化でした.

2009年6月2日火曜日

日本では、太陽は東から昇る


日清戦争の時期、日本の大衆誌「団団珍聞」に掲載された、日本人が中国人を「開化せっけん」で洗濯しているという挿絵 (朝日新聞から)

http://www.asahi.com/international/aan/hatsu/hatsu040303a.html

2009年4月9日木曜日

「天皇制は、支配者がバカな国民をダマスための一つの手段だ」 ─ 福沢諭吉の理解!

 wikipedia 
 「立君の政治」は、「人主が愚民を篭絡するの一欺術」 
(福沢諭吉全集 第5巻271ページ)

諭吉は、こう書いています.

「天皇制は、支配者がバカな国民をダマスための一つの手段だ」という意味です.(「そういわれたら、『それは、政治を知らない』と答えよ」といっています)


なぜ、彼はそう書いたのか?
それは、次の理由によります.

◆自分は金持ちになりたい.(「日本一の大金持ちになりたい」
これが、彼の少年時代の夢だった(岩波文庫「福翁自伝」)


◆金持ちは、多数の者の生命と財産の犠牲の上に可能となる


◆支配者が国民の生活を犠牲にして、初めて金持ちが可能となる


◆自分は、支配者の側に立ちたい.
門閥制度で一生下級武士はいやだ!


◆一方国民は、だまって生活を犠牲にはしてくれない.


◆だから、国民をだまさなければならない.


◆国民をだますためには、天皇制をもってくるのが一番よい.


◆天皇のために、命も財産も投げ出す.「お国のため、大義のために死ぬ」ということができる.
(若くして殺された特攻隊員がそうだった)


◆彼らと遺族が、がっかりしないように靖国神社(1879年)をつくっておこう.


◆自分は表向き、教育(慶応義塾)と新聞(時事新報)の責任者ということで行こう.


◆実際には「暗に政府のお師匠さま」(全集第20巻頁)として、侵略戦争を推し進め、そこで上前をはねよう.(実際に戦争報道で大もうけをした)



これが、福沢諭吉の真実です.

いくら大もうけをしたかは、文献上明らかになるはずです.
このサイトでも別途検討しましょう.
 

「日本では『天皇』が国家の最高権威でありつづけた」という人がいます

 
「日本では『天皇』が国家の最高権威でありつづけた」という人がいます.(雑誌「正論」2009年5月号)

「織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の全国統一事業にしても、天皇という権威の助けを得られなければできなかった」

織田 信長(おだ のぶなが)は、日本の戦国時代から安土桃山時代にかけて、世に多大な影響を残した武将であり、戦国大名であり、政治家である。

当時の常識や権力に囚われず、新しい考え方や文化を積極的に取り入れる見識の広さ、合理性と冷徹さを兼ね備えた知性によって、統一者のいなかった政治的混沌を収集に向かわせた人物である。その事業は大方向を示したところで重臣の一人・明智光秀の裏切りに遭い、自刃に追い込まれたことによって頓挫した。

しかし、政権の実質的後継者となった羽柴秀吉が、信長の築いた足場をもとに天下統一を進め、ついには成し遂げることとなったことから、豊臣秀吉が継ぎ、徳川家康が完成させる形となった日本近世の形成事業の創始と言うべき位置づけにあった政治家である。─ wikipedia から


信長の時代は約500年前だが、日本にも10万年単位の歴史がある.
ナウマン象がいたころは、約2万年前であった.

ナウマンゾウは約2万年前の更新世後期まで東アジアに生息していたゾウの一種である。─ wikipedia から


2万年の歴史で見ると、500年は40分の1、2.5パーセントだ.
2.5パーセントで全体を見るのは、若干短見のようだ.

しかし、諭吉も大胆だった.

彼は、少年時代の「大金持ちになりたい(福翁自伝)」夢を実現するためには、天皇制を支持したのだ.


◆「大金持ち」になるためには、略奪・侵略・殺戮・戦争が必要だ.

◆「お前たちが死んで、私たちが略奪物を取るから、戦争に行け」では、賛成してもらえない.

◆そこで、天皇制を利用しよう.

◆「私たちのため」ではなく、「天皇のため」「国のため」「大義のため」に死んでもらおう.

◆そのために、靖国神社も用意しておこう.「英霊になる」なら、死んでも文句はないだろう.

◆そこで、彼は、天皇制についてこういった.

「立君の政治」は、「人主が愚民を篭絡するの一欺術」 (天皇制は、支配者がバカな国民をダマスための手段だ)
(福沢諭吉全集 第5巻271ページ)

◆彼は、そのリクツを実行して、台湾・朝鮮の植民地化、対中侵略戦争を教育・宣伝して、日清戦争では自分の新聞の発行部数を大いに伸ばして大もうけをした!

◆彼の教えは、日清・日露戦争から、対中侵略15年戦争・太平洋戦争を通じて、2009年の現在にいたるまで続いている.(指導者としての立場は、一万円札の肖像として認められている)


日本では、まだ諭吉の教え子たちが「人主」として生きている.