2009年3月12日木曜日

諭吉は、天皇家の先生だった!



昭和天皇は、皇太子(2009年3月現在の天皇)の教育に小泉信三をあてました(1946年4月~1958年).

小泉信三は、福沢諭吉の「帝室論」を教材に、青年時代の現天皇の教育をおこないました(小泉信三「ジョオジ五世伝と帝室論」).



皇太子の家庭教師役を任命されたとき、小泉信三は慶応義塾の塾長(1933年~1947年)でした. 彼の父親も、慶應義塾の第二代の塾長(1887年~1890年)でした.



慶応義塾は、諭吉が創設し、第1代塾長は諭吉でした.
彼は、「政府の影のお師匠様」(注)であり、天皇家の先生でもあったのです.


(注)「福沢諭吉全集」(第20巻414頁)


「立君の政治」は「人主が愚民を篭絡するの一欺術」
(天皇制は「支配者が、バカな国民をだますための一つの詐欺的な手法である」)
(1881年「帝室論」福沢諭吉全集第5巻271頁)


小泉信三は、「そう指摘されたら、どう答えるか」を若き現天皇に教えていたのです.(注)

現天皇は、皇太子に何を教えたのでしょうか?

(注)
「福沢諭吉の『帝室論』を読むために、殿下も私も、それぞれ福沢全集の一冊をこの一隅に持ち込んだこともある」 
「部屋の大きさは二十畳ぐらい」
「両陛下がお出ましになったときにもここへお通りになる」
「壁に寄せて直立ピアノが置いてある」
「皇太子殿下は主にその二階にお住居になっている」
(小泉信三「ジョオジ五世と帝室論」)