2007年12月26日水曜日

美空ひばり と 福沢諭吉

 
「馬鹿と片輪(かたわ)に宗教、丁度よき取り合わせ」
靖国神社が作られた頃の諭吉の文章です.(福沢諭吉全集 第20巻232頁)

支配者が宗教を利用して、人々をだますことを指摘したもの.
国民をだますヤスクニ神社の役割を、諭吉は知っていました.


1943年、美空ひばりは七歳でした.
父の入隊にあたり、「九段の母」を歌いました.

上野の駅から 九段まで
杖をたよりに 一日がかり
せがれきたぞや 会いにきた

空をつくよな 大鳥居
こんな立派な おやしろに
母は泣けます うれしさに

息子を亡くした老婆は、悲しむのではなく、うれし泣きに泣きました. 
(うれしかったのでしょうか? 心の中では悲しかったのだと思います)

七歳のひばりは、歌の意味は考えずに、「うまく」歌いました.
大人の反応にだけ反応して、その歌を歌ったのでしょう.

大人が歌を作り、
大人が子供に、歌わせたのです.


「神」となった人たちに人を殺させ、
本人たちも殺され、残された家族も遺族となりました.

日本の遺族の10倍以上の遺族をアジアを中心に作ってしまった、
そのことには、一部の日本人にも一定以上の責任はあります.

日本は、アメリカに軍事基地を提供し、侵略戦争に協力してきました.
ベトナムやほかの地域に、多くの遺族を作ってきたことに反省もありません.

21世紀になっても、いまだに米国の軍事基地を国内に認めている、
だまされたとはいえ、一部の日本人にも一定の責任はあります.


破綻しつつある年金・財政、消費税を含む増税・社会福祉の削減、
軍事費や無駄な大型公共事業、特別会計の大きな部分を分け合う仕組み!

政府与党、野党の一部の責任ですが、国民にも一定の責任はあります.
憲法の軽視・無視を許してきたのは、一部の国民でもあるからです.

しかし、国民は永遠にだまされつづけるでしょうか? 
そうではないと思います.


『愛国心』とは、「国のために(実は利権者のために)命をおとすこと」
その「教育と宣伝」がおこなわれてきました.

靖国神社が「宗教」として利用されてきたのです.
七歳の子どもまでが、結果として利用されました.

二百数十万人の「国のために命をおとした人々」が
靖国神社には、「神」として名前を書き込まれています.

二百数十万人を「神」とした「国」は、アジアで二千万人、
ドイツ、イタリアと組んで世界全体では数千万人の命を奪いました.

ドイツは、長い時間をかけて、被害国の人々との和解を果たしました. 
政治的・道徳的・経済的に和解を達成したのです.

イタリアは、アメリカのイラク侵略戦争に、否定的な政権をつくりました. 
枢軸国のうち、日本だけが歴史的におくれているのです.


それは、なぜか? 天皇制が「国体を護持し得て」、
それを利用した戦前の思想と体制が残されているからです.

2008年の現在でも、先の戦争を正当化する人たち、
彼らは、憲法9条改正の動きをあきらめていません.
(この原文は、「タモガミ論文」の前に書かれています)

死者を哀悼するには、「戦争のない世界」をめざす以外にはありません.
また、「戦争のない世界」にだけ、人類と地球環境の未来があるのです.

その保証は、日本国憲法第9条です. 9条を守ってこそ、
人類への貢献ができ、国際社会から理解と尊敬を受けられるのです.

世界はそれを歓迎し、同時に、サンフランシスコ条約と国連加盟にあたり、
日本の代表が署名した、国際社会に対する宣誓を忘れないでしょう.

国連に提出した日本の宣誓文:「憲法と国連憲章の理想は同じであり、
日本は、この憲法のもとで、国連のあらゆる義務を果たすことを誓います」

戦力の使用、自衛隊・軍隊の派遣は含まれていません.
その宣誓には、終了の期限は書いてありません.

憲法自身に「改正の規定」はありますが、
前文で「日本国民は憲法の『理想と目的を達成する』こと」を誓っています.

その「戦争のない世界」の実現の前に、改憲することは、
みずからの誓いを破り、国際公約を破ることになります.

日本国民は、その誓いと国際公約を守り、
その理想と目的を達成することができるでしょう.

世界の人々が、今それを目指しているからであり、
それが、変わりはじめている歴史の方向と一致しているからです.

それが、世界全体で亡くなったすべての犠牲者と、
ファシストや日本軍と勇敢に戦った人々を哀悼する道でもあります.

(靖国神社の参拝は、信教の自由です.
国会議員でも、議員辞職後であれば、参拝も問題はありません.
在職中は、「公務員の宗教活動の禁止」により、憲法が禁じています)

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